何よりも待ち望んだ言葉だった。
賢者をさがす―――それこそが旅の目的であり、ヒルダの切なる願いでもある。世に賢人賢者は数多くいるが、マグパダの言うカレイス・ノイという人物は、その中で最も信頼がおけるという話だった。
ただ、優れた治療医でもあるその賢者は定住地を持たなかった。
西にいると言う風の声のままにヒルダは母国を離れ、小国が群拠するイルオネアの地をも越えた。いくつもの国と山河を渡り、このイオール国へと入ったのである。
そして、旅はこれからも続くのだと思っていた。
「賢者様に会える……本当に……?」
すぐには信じられない話だった。
だが、目の前で頷くマグパダを見たとたん、カタカタと膝が震えだした。立っているのが辛くなり、支えられて地面に腰を落とすと熱い涙が頬を伝った。
「ようやく会えるのだな……」
涙で霞む目に、埃で薄汚れた旅商人の姿はぼんやりと揺らめいて見えた。
「今までよく、頑張ってこられましたな」
労わりの言葉に、胸の奥が熱くなる。しかし、ヒルダはゆっくりとかぶりを振った。
「何もかも、おまえのおかげだ……」
感謝の気持ちが静かに胸を満たしてゆく。
ヒルダは思いつくままにそのごつごつした硬い手を取り、自らの唇を押し当てた。
「ここまで来れたのは、おまえがいてくれたからだ。私など、一人では何もできない無能者だ。火をおこすことも、雨雲の見方も、川の渡り方も全部おまえに教わった。ありがとう。すべておまえのお陰だ……」
ふた月もの間、片時も側を離れず見守っていてくれたのは、この国渡りの商人マグパダである。元々は、屋敷にふらりと現れては商売の傍ら世間話をするだけの、ただの出入り商人にすぎなかった。
それが、悪夢とも言えるあの夜を境に、マグパダはヒルダの運命の導き手となった。
新たな道を探るため、知恵を求めて賢者をさがす旅へといざなわれたのである。
「これはまた……身に余るお言葉ですな」
髭面の旅商人は、心なしか嬉しそうに目を細めた。
やんわりとした動作で手を取り戻すと、その手をヒルダの肩に乗せて言った。
「しかしながら、これで終わりではありませんぞ。これからが道の始まりなのです。まずは、あの方に全てを打ち明けなされ。偽りやごまかしはなりませんぞ。助言を求める者は、口も清らかでなくてはなりませんからな」
「もちろん、わかっている」
ヒルダは力強く言い放った。