好奇心のまま、娘らの馬車は商人の後を追った。
道の脇に埋もれた大きな岩の陰に、誰かがいるらしい。
恐る恐る馬を寄せて覗き込むと、岩を背にしてぐったりと座り込む小さな子供がいた。
十にも満たない女の子のようで、すっかり疲れきっている様子が見て取れる。旅装束も街道を来たと言うよりは、国境へと通じる山々を越えてきたような汚れようだ。
気遣うように諭す商人の声が聞こえた。
「もう少し横になっておらんか。町への道がわかれば、またわしがおぶってやるからな」
しかし、小さな頭はふるふると横に揺れた。
華奢な手足で立ち上がろうとするところを、大きな手がやんわりと押しとどめた。
幾度となく揺れるとうもろこし色の髪は男の子のように短かったが、顔を見れば確かにかわいい女の子である。
それにしても、この辺りに町といえばひとつきりであろうと娘たちは囁きあった。
行く先が同じなら乗せていこう。
そう話していると、いつの間にやら子供を抱いた商人が近くにいた。
「同乗させていただけるとはありがたい」
娘たちは再び顔を見合わせ、くすりと笑った。
風変わりな迷い人を乗せた一行は、間もなく谷を抜けた。
ゆるい勾配を登りつめると一気に目の前が開け、風すらも変わる。
これからは、ごつごつした平地をしばらく行かなければならない。やがて目につく大きな岩棚をぐるりと回れば、町はもうすぐそこだ。
自称、国渡りの大商人はと言えば、乗り込んだ直後からすでに喋り始めていた。
見かけはぎょっとするような風貌だが、商人であることは間違いないらしい。異国での売り買いにまつわる小話はとても面白く、娘らは飽きることなく笑いあった。
やがて、横になっていた少女も、疲れが取れてきたのかもぞもぞと起き上がった。娘らに囲まれ、色々と世話を焼かれることに驚いたような顔をしている。
ぱたぱたと頭の埃が祓われ、顔からこびりついた泥が拭われると、思った以上にきれいな少女だった。
ただ、どういうわけか、少女は一向に口を利こうとしなかった。
硬く閉じた貝のように、黙り込むばかりである。
恥ずかしがっているのかと思えば、切ないことでもあるように、そっと琥珀色の視線を落とすばかりだ。
「気にせんでくだされ。この子はちと口が不自由でしてな。喋れんのです」
皆の様子に、商人はそう説明した。
「それで、いい薬師を探してあちこちを巡っておるのですよ」
そうして、少女の頭をゆるりと撫でた。
少女はほっとしたような顔で、商人のちんまりした目を見上げている。
それは、およそ幼子とは思えぬほどの信頼と感謝に満ちた眼差しだった。
見ていた娘たちは、なんとなく妙な感覚にとらわれていた。
そこにいるのは確かに幼い少女だが、何かが違って見える。
それは、不思議な光景だった。
が、商人が小話の続きを再開するや、そんな思いもすぐにかき消えていった。