行き着いた町の名はウルジェといった。石積みの建物が建ち並ぶ、国境沿いの町である。
見通しのよい通りには、小さな露店が軒を並べていた。
客引きが大声で買い物客を呼び込み、台の上の品物を売りつけようとしている。
どこからか焼き菓子のいい匂いが立ちこめ、元気のいい子供の一団がすぐ側を走りぬけて行った。通りの先には市が立つ広場があるらしく、人々の流れはそちらへ向かって流れている。
たった今見送った荷馬車も、すでに賑わいの向こうへと消えていた。
「ヒルダ様」
名を呼ばれてヒルダは振り返った。
すぐ後ろにいるマグパダが、地面に置いた荷を担ぎ上げようとしている。見た目以上に重い荷袋を、男はいつものように軽々と背に乗せた。
「実に元気のいい娘たちでしたな。今日の青空のように底抜けに明るい」
感心したと言うような声に、ヒルダはこくりと頷いた。
胸の内が顔に出ないようにと努めたつもりである。が、当然ながら、この男に隠し事は無理なようだった。
「また、悔いておられるのですな?」
マグパダが、わかっていると言う様に目を細めて言った。
「また嘘をついたと、ご自分を責めておられる」
「そんなことは……」
言いかけて、ヒルダは口を噤んだ。買い物客の一団が、すぐ側を通り過ぎてゆく。周囲を気にしながら話す癖は、今やしっかりと身についてしまっている。
複数の親子連れが過ぎるのを待って、ヒルダはためらいがちに続けた。
「そうではないのだ。ただ、あの者たちには随分とよくしてもらったのに、礼も言えなかった。それが、心残りなのだ」
そう言って、しょんぼりと肩を落とした。
「馬車に乗せてもらったうえに、いろいろと世話を焼かせてしまったから……」
谷に辿り着いた時のことを、ヒルダは思い出していた。
あの時は、起き上がれぬほどの疲労感に襲われていた。あのような寂しい場所で人に出会えたのは、今でも運がよかったと思っている。
「なのに、私はまた知らぬ顔をしてしまった。私が喋ると、皆が変に思うからだ。それに、おまえにも嘘ばかりつかせている。口が利けぬなどと……私が至らないばかりに……すまないと思っている」
今更ではあったが、ヒルダは心から詫びた。
誰が見ても、外見は十歳にもなるかならぬかの幼い少女である。その場のことを考えれば、見た目に釣り合う言葉遣いを選ぶべきなのはわかっていた。
無邪気に笑ってみせれば、話す相手が喜ぶこともわかっている。が、どうしてもそれができないでいる。
喋れない振りをするというのは、マグパダの提案だ。行く先々の村や町で、二人は旅の商人と、声を無くしたその孫で通していた。
「まあ、これまでいろいろとありましたからな。ですが、お気に召さるな。随分とましになりましたぞ」
「ほ、本当か?」
その一言に、ヒルダはぱっと顔を輝かせた。
それは思いもよらぬ褒め言葉に聞こえた。幼な言葉はともかく、できる限り尊大な物言いは慎むようにしている。身についた言葉を変えることは難しかったが、努力を惜しんだことはない。
だがすぐに、この男が本気でそう言っているかは甚だ疑問だと考え直した。
羊のような髪とひげに埋もれた顔は、わずかに目と鼻が覗くだけで全く表情が読めない。冗談を言う時でさえ、この顔が少しも変わらないということを、ヒルダは最近になってようやく知り得ていた。
真偽を確かめるべきかと悩みながら、足元に置いた自分の荷袋へと指をかけた時、一陣の風が吹き流れた。
「おお、風がでてきましたな」
その言葉に、ヒルダはどきりとして顔を上げた。
マグパダが空を見上げ、じっと様子をうかがっている。何事かを探るような眼差しは、これまでにも何度か目にしたものだった。